「塔」


 町はずれの、小高い丘に立つその塔は、町のどこからでも、天を突くその尖頭を仰ぎみることができた。だが、不思議なことに、誰が何の目的で建てたのか、どうやってあの高さまで煉瓦を積み上げたのか、記録が残っていなかった。

 町より長い過去を持つ塔は、いつも人々の話の種になっていた。てっぺんは月も見下ろす高さだとか、異邦からやってきた巨人が登頂に成功したらしいとか、神様が伝って降りてくるのを見た者がいるとか、諸々の伝説も生まれた。

 町に一人いる、老いた考古学者は、膨大な書物を渉猟し、丘の発掘調査を繰り返していた。初代から数えて六代に渡り、塔の起源を研究し続けているのだが、「一向わからんよ。」と言うばかりだった。

 町にはもちろん、腕の利く大工達もいた。彼らは、長年月、微動だにせず風雪に耐えているその建築物に、賛嘆したのだった。さらに、その強さの秘密を明かそうと、毎度実験と計算を繰り返すのだが、どんな理屈も理論も通じなかった。


 そんなある時、町で評判の女占い師が予言をした。「あの高くて頑強な塔のてっぺんに、明るい灯を点しなさい。きっと輝く星となって、新しい幸運の星座ができることでしょう。」。

 人々は予言を信じた。町の仙人に「消えない灯」を作らせた。これを背負って塔を登る軽業師も選んだ。若い軽業師は、人々の期待を一身に集めた。そして、とうとう塔に登る日がやってきた。

 

 天候に恵まれたその日の朝早く、丘に集まった人々の注視する中、火を背負った軽業師は登り始めた。煉瓦と煉瓦の間に手と足を挟み込み、さも軽々と尖頭を目指してよじ登って行くのだった。

 登りはじめて、みるみる軽業師の姿は小さくなり、やがて見えなくなった。背負った灯も、昼の光の中に消えた。人々はそれぞれ家の生活と仕事に帰ってゆき、夜に現れる新星を、心中心待ちにするのだった。

 軽業師は、どんな高みも恐れないと自負している男だった。サーカス団の演目で、人々の頭上高いところで綱渡りをしてみせるのを、常の仕事にしていた。わざと綱から落ちそうに見せる芸さえ、持ち合わせていたほどだ。

 今日の仕事を持ちかけられたときも、即、承諾した。軽業師にとって、この塔の高さは、いつも目障りだったのだ。人々がもっとも畏れる高みが、自分の綱渡りではないことを、腹に据えかねていた。


 疲れを知らぬ軽業師は登り続けた。既に遠く人界を離れ、鳥獣の世界を越え、山岳の世界を越え、星の世界にすら近づきつつあるように彼には思えた。塔の尖頭も、いよいよはっきり見えるようになったし、夕暮れ前には行き着く手はずだった。

 背中に革のベルトで括りつけた「消えない灯」は、ひしと重かったが、登り続ける軽業師は気にも留めなかった。この仕事を与えられたことに、秘めた喜びを感じていた彼は、重荷も危険をも顧みなかったし、地上の人々が彼に寄せる大きな期待のことも気にかけていなかった。


 そして、とうとう夕暮れ間近の時刻に、塔の頂点まで登り詰めたのだった。軽業師は、手はず通り、背負ってきた灯を塔の先端にベルトで括りつけた。町で一番の高みを我がものとしたことに、彼は満足だった。


作) 2011年7月15日




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