「池」

森の奥に、その池はあった。 
春には雪解け水がそそぎ込み、 
夏には子供たちに水遊びをさせ、 
秋には紅葉を映す鏡となり、 
冬は氷の静寂に閉ざされるのだった。 

ある夏、男がやってきた。 
猛暑が連日続いた折、例年通り、涼をもとめてやって来たのだ。 
空から降ってくる日の光が、男の肌を焼いた。 
もう若くはない男には、この季節が恨めしいものになっていた。 
ただ、水に触れる感触を、ひとり愉しんでいた。 

水遊びの、半裸の少女がひとり、近づいてきた。浮き輪を抱えて。 
そして男にたずねた。「おじさん、このお池はどれだけ深いの?」 
男には答えられなかった。考えたことのない問題だった。 
天を仰いで自分の愚かさに恥じ入った。 
少女は退屈そうな顔をして去っていった。 

その夏以来、男は考え続けた。いくつもの春秋を越えた。 
仕事を退いてからは、池のほとりに小屋を建てて暮らした。 
ただ一つの解をさがしていた。求めていた。 
そんなある日、ふと思いが巡った。 
「少なくとも、私の一生よりは深いらしい。」 
そして、男は死んだのだ。 


作 2007年07月28日

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